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第58回 ランダムウォーク[top]

                         2003年5月6日更新
                         2003年5月2日発行
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国経館 経済学 メールマガジン      金曜版       No.99
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みなさん,こんにちは.笹山です.
このメールマガジンは国際経済学科のメールマガジン「国経館」の1つとして,
国際経済学科のすべての学生に配信されています.

今回は,将来の株価や為替は予想できるのかどうかがテーマです.ちょっと聞
き慣れない専門用語が登場するので,少しむずかしいかもしれません.細かい
ことはわからなくても結構です.話の筋だけわかればいいと思います.

マクロ経済学のメールマガジンとしてはNo.58です.
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【第99号】 ランダムウォーク

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みなさんは,1週間後や1カ月後の株価や為替レートの値を予測できると思っ
ているでしょうか? 正確に予測できるとしたら,株や為替の取引で大もうけ
することができるでしょう.株や為替取引でもうけるコツは,安く買って高く
売ることです.非常に単純なことなのですが,この見極めが実は難しいのです.
近々上がると思って買ったら下がってしまったとか,下がると思って売却を急
いだらその後も上がり続けたということがよく起こります.投資家と呼ばれる
人たちは,株価や円相場の将来予想にその大半のエネルギーを注いでいるので
す.

ところが,株価や為替レートが「ランダムウォーク(random walk)」に従っ
て動いているとすると,いかなる人も株価や為替レートを正しく予想すること
はできないという結論に達するのです.ランダムウォークとは何かを含めて以
下において順番に説明していきましょう.

■回帰分析と時系列分析

ここからは為替レートに話を絞って進めます.経済学で理論的に為替レートの
将来値を予想しようとする場合にはおおよそ2通りの手法があります.1つは
回帰分析(regression)と呼ばれる方法です.まず,為替レートの動きを説明
する経済的要因を理論に基づいて取り出してきます.例えば円ドルレートの場
合であれば,日米の金利差であるとか,両国の物価水準とか,経常収支等です.
これまでに観察されたこれらのデータを収集して回帰式と呼ばれる一種の方程
式を導き出します.通常は記号で書きますが,言葉で書けば例えば次のような
形になります.

円ドルレート=α(日米の物価の比)+β(日米金利差)+γ(日本の経常収支)

α,β,γは実際にはデータから計算された数値になります.上の回帰式がこ
れまでの為替レートの動きをうまく説明していれば,この式に基づいて,今後
の物価や金利,経常収支の値を入れてやれば将来の為替レートを推測すること
ができます.以上のような考え方が回帰分析という手法です.

それに対して,「データの動きはデータそのものに聞け」という見方がありま
す.為替レートであれば過去の為替レートのデータだけを大量に収集してきて
その特徴をとりだして,現在の為替レートは過去の為替レートの動きで説明し
ようとします.このような考え方を「時系列分析(time series analysis)」
と呼んでいます.時系列分析の最も基本的な形が1次の自己回帰モデル(
First-Order Auto Regressive model)です.次のような形をとります.

円ドルレート(t)= 定数項 + φ 円ドルレート(t-1)+ 攪乱項(t)

φ(ファイと読みます)はある一定の係数です.上の式は,今日の円ドルレー
トは昨日の円ドルレートにある一定の係数をかけた値に今日の攪乱項(かくら
んこう)を加えた値から決まることを表しています.ここでいう攪乱項という
のは,確率的に決まる変数であり,どのような値がでてくるかは事前にはわか
りません.ただし,まったくでたらめというのではなく,この攪乱項はある一
定の幅内で変動し,全体を通して平均すればゼロとなるような変数です.この
ような特徴をもつ攪乱項のことを「ホワイトノイズ(white noise:白色雑音
)」と呼んでいます.光の性質を調べると,その中の白色が持っている性質に
似ているのでこのような名前がついています.

笹山ゼミ 経済データのグラフ,ホワイトノイズの例:
http://www.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/images/noise.gif

この確率変数である攪乱項(ホワイトノイズ)は,おおまかに言えば,平均値
ゼロの回りをある一定の範囲内で不規則に変動しているデータです.ただし,
トレンド(傾向)を持っているデータとか,変動の振幅がしだいに大きく(あ
るいは小さく)なっていくようなデータ,サイン・コサインカーブに似た動き
を示すデータ等はホワイトノイズではありません.

(注)回帰分析や時系列分析は,「統計学」や「計量経済学」という科目で学
ぶことができます.ぜひとも多くのみなさんがこれらの科目を履修することを
希望します.

■ランダムウォークとは

上の1次の自己回帰モデルの係数φ=1の場合をランダムウォークといいます.
為替レートの場合で書けば,次のようになります.

円ドルレート(t)= 円ドルレート(t-1)+ 攪乱項(t)

今日の円相場は,昨日の円相場に今日発生する攪乱項を加えた値に等しくなり
ます.この式から昨日の円相場がわかれば,今日の円相場が正しく予測できる
と早とちりしてはいけません.昨日の円相場はわかっていますが,今日の攪乱
項は確率変数であり,この攪乱要因をだれも正しく予測することはできないの
です.従って,今日の円相場もだれも正しく予測することはできないというこ
とになります.

為替レートや株価がランダムウォークに従っているとするならば,誰もそれら
の明日の値を正確に予測することはできないのです.予想が当たったとしたら
それは単なる偶然にしかすぎません.

さらに今日と昨日の値の差である撹乱項がホワイトノイズであるということは,
残差に自己相関(昨日が円高(安)なら今日も円高(安)という関係)がない
ことを意味し,今日の円相場は過去の相場に含まれている情報をすべて含んで
いるという意味で効率的であるとみなすことができます.このような考え方を
「効率的市場仮説」といいます.ランダムウォークは,この効率的市場仮説の
考え方に通じる見方です.

他方,残差に自己相関がある場合には,今期の値にすべての情報が含まれてお
らず,効率的でないということになります.このような場合には過去のデータ
を基にして将来を予測する,いわゆる罫線分析家(チャーチストと呼ばれます
)が活躍する余地があるといえます.

なお,ランダムウォークは,「酔歩過程(すいほ・かてい)」と呼ばれる場合
もあります.ランダムウォークに従ったデータの動きを調べると,まるで酔っ
ぱらいが歩いているように見えるというところからきています.

■実際の円相場はランダムウォーク?

ランダムウォークのおおよその概念はわかったと思いますが,それでは実際の
円相場はランダムウォークに従って動いているのでしょうか.まず,次のグラ
フを見てください.

笹山ゼミ 経済データのグラフ,ランダムウォークと実際の円レート:
http://www.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/images/rw.gif
実際の円レートは2003年1月6日からから4月28日までのの東京外為市
場の終値です.凡例(はんれい)がなければ,2つの折れ線グラフを識別する
ことはかなりむずかしいと思います.

ランダムウォークは,以下の「ランダムウォークの作り方」で説明する方法で
作成した仮想的な値です.攪乱項の出方によって様々なランダムウォークが作
られるので,このグラフはそのうちの1つの例です.注目していただきたいの
は,ランダムウォークの動きの形状が実際の円レートの動きと非常に似ている
ということです.

参考として,類似グラフを3つ紹介しておきます.グラフにタイトルがなけれ
ばどれが円相場で,どれが日経平均か,識別するのは難しいと思います.金融
資産は一般にランダムウォーク的な動きを示すと言われるゆえんです.

笹山ゼミ 経済データのグラフ,円ドルレート:
http://www.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/images/yenrate.gif
1973年1月からの円ドルレートの推移です.東京外国為替市場の月末の終値.

笹山ゼミ 経済データのグラフ,2002年の円レート:
http://www.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/images/yen02.gif
2002年1月から12月までの東京外為市場の日次円ドルレートです.

笹山ゼミ 経済データのグラフ,2002年の日経平均:
http://www.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/images/nikkei02.gif
2002年1月から12月までの日次の日経平均のデータです.

そこで,実際の円レートがランダムウォークに従っているかという点ですが,
これを証明する簡単な方法は,たくさんの円レートのデータを集めて,その差
をとり,それがホワイトノイズになっているかどうかを調べることです.上の
式で見たように,次の関係があります.

攪乱項(t)=円ドルレート(t) − 円ドルレート(t-1)

集めたデータについて今期と前期の円ドルレートの自然対数値を計算してその
差をとります.こうして得られたデータは円相場の収益率に相当します.この
データをグラフにして,それがホワイトノイズになっているかをチェックしま
す.結論を言えば,円相場の収益率は,厳密な意味ではホワイトノイズの条件
を満たしていないというのが現在の大方の見解です.

円相場の収益率を統計分布の観点から調べると,統計学でいうところの「正規
分布」の形からはずれていることもわかっています.正規分布よりとんがった
(尖度(せんど)が大きいといいます)形状を示すことが多いのです.

以上をまとめると,円相場はかなりランダムウォーク的な動きを示すが,統計
的な厳密さで言えば,ランダムウォークではないということです.

円相場が精確な意味でランダムウォークではないとすれば,投資家がその隙を
ついて投機の利益を得ようとする可能性が残されているということでもありま
す.

■ランダムウォークの作り方

ランダムウォークは,表計算ソフトのエクセルをうまく使うと作り出すことが
できます.ポイントは攪乱項の作り方です.エクセルには乱数を発生させる
RAND関数があります.これを,次のような形で使います.

=RAND()*(-1-1)+1

こうすると,−1から1の範囲内で不規則に現れる数値を作り出すことができ
ます.これを攪乱項(ホワイトノイズ)として使います.後は初期値として適
当な数値を与えてやれば,ランダムウォークの式に基づいてデータを順々に作
成してゆけます.少なくとも100個ぐらいは作ってください.それをグラフ
にすると,いかにも為替レートのような動きを示します.

(エクセルファイル付録)randomwalk.xls
このファイルにランダムウォークをシミュレートできるデータとグラフが入っ
ています.

より詳細は,以下の書物を参考にしてください.
笹山茂『マッキントッシュで経済学』第12章 経済の時系列データの分析,
pp.209-216,日本評論社,1994年

■新聞記事の紹介

2001年4月11日『日経金融新聞』に載った,須田美矢子日銀審議委員就
任記者会見要旨(4月2日,日本銀行)の記事などに,ランダムウォークの用
語が登場しています.

「(新聞記者の)問 為替レートを目標とするのは反対であるとのことだが,
今,為替レートは円安が急速に進んでいる.一般論で結構であるが,それに対
して感想はお持ちか.
(須田審議委員の)答 為替レートについては,私は学者の時も,短期的には
ランダム・ウォークで,何でも有りで,そういうことは,へたに言うと理論ま
で疑われてしまうということで,為替レートがどうであるとか,今の水準が円
高過ぎる,あるいは,円安過ぎる,さらに,これからどうなるということは,
もともと言うべきではないという教えを私の先生から頂いてきた.それは,そ
のまま,これからも持っていきたいと思っている.(抜粋)」

(注)引用記事の(  )と下線は笹山が補足.
須田審議委員は,為替レートは短期的にはランダムウォークに従っていると言
っているようです.

■図書紹介

次のように書名にランダムウォークがついているものもあります.
バートン・マルキール(井手正介訳)『ウォール街のランダム・ウォーカー』
日本経済新聞社,1999年.
原題は,Malkiel, B.G.(1999), A Random Walk Down Wall Street,
W.W.Norton.
これは株式市場を対象にして,ランダムウォークや効率的市場理論を紹介して
います.効率的市場理論については,過去のデータに基づくテクニカル分析
(罫線分析)が株価予想に無効になる「ウィーク型」,企業のファンダメンタ
ル情報に基づく分析も無効となる「セミストロング型」,公表・未公表に関わ
らずいかなる情報を用いても市場の平均よりも高い収益率をあげられないとす
る「ストロング型」の3タイプを紹介しています(同書PP.258-259).
著者はランダムウォーク派です.わかりやすく書いてあります.

もちろん,株式市場はランダムウォークではないという反対の議論もあります.
Lo, A.W. and A.C. MacKinlay(1999), A Non-Random Walk Down Wall Street,
Princeton University Press.
この本は専門書ですので,読む場合は覚悟してから読んでください.

小口幸伸『外為市場血風録』集英社新書,2003年
実際に外国為替取引を経験した著者による外為市場論とでもいうべきものです.

為替レート理論の展望については,以下を参照してください.
財務省 財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』第48号 
1999年1月号
http://www.mof.go.jp/f-review/fr48.htm
同書にはめずらしくすべての論文はpdfファイルでダウンロードできるように
なっています.

■関連サイト
日経円ダービー 学生対抗戦:
http://www.nikkei.co.jp/enq/yendb/

学生5人以上と指導教授がいれば,日本経済新聞社が主催する「日経円ダービ
ー」に参加することができます.5月末と6月末の円相場の終値を予想する大
学(中学,高校生も参加できます)対抗戦です.
このような企画があるということは,円相場はランダムウォークに従って動い
てはいないという見方が根底にあることになります.

★メイタン・トラディッション 国際金融情報ネット:
http://www.tradition-net.co.jp/
外国為替取引を仲介するブローカーの会社のサイトです.ディーリングを行う
円卓テーブルが見えます.円相場の表示も頻繁に更新されるので,臨場感があ
ります.

【用語解説サイト】
用語辞典がわりに簡単な意味を知りたい場合は,富山県統計協会の「経済指標
かんどころ」が便利です.

★経済指標のかんどころ(富山県統計協会)
為替レート:
http://www.cap.or.jp/~toukei/kandokoro/html/07/07_3sita.htm

■まとめ------------
・円相場や株式は予想できると思っている人がいるようだが本当のところはど
うか.
・将来値を予測する手法としては回帰分析と時系列分析の2つがある.
・ランダムウォークは時系列分析の1次の自己回帰モデルの特殊ケースである.
・ランダムウォークでは,今日の値は,昨日の値に今日起こる攪乱項を加えた
値になる.ただし,攪乱項は予測不可能な確率変数である.
・為替レートがランダムウォークであれば,だれも将来値を正しく予測するこ
とはできない.
・実際のところ,円相場はランダムウォークに似た動きを示すが,統計的な厳
密さでテストすれば精確にはランダムウォークではない.
・一般に,株価や為替レートなどの金融資産はランダムウォーク的な動きを示
すことが知られている.
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ぜひ,みなさんも,実際にウェブサイトにアクセスして確認してください.

【上級者向け課題】
上で説明した方法に従って,表計算ソフトエクセルを用いてランダムウォーク
に従うデータを作成して,それらをグラフにしてみなさい.

(注意)後日サイトにアクセスした場合,サイトの構成に違いがでてきたり,
URLが変更になっている場合がありますので,了解してください.
(アクセス日)2003年5月2日

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【Q & A】円相場がランダムウォークに従って動いていたとしたら,今日
の円相場は,昨日の相場に何を加えた値として決まる?
      → 今日起こる攪乱要因(予測不可能)

【今回のサイト】 メイタン・トラディッション 国際金融情報ネット
         http://www.tradition-net.co.jp/

【評価】★★★

私の評価の基準:最高が★★★,次が★★,最後が★です.
        ★1つは普通という評価です.
      データが十分提供されているかどうかが評価のポイントです.
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【発行】 熊本学園大学 経済学部 国際経済学科
【著者】 笹山 茂
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Copyright 2003

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