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大江青葉

経済学部准教授 新村 太郎

「うわ〜!日本じゃないみたい!」阿蘇の大草原を目の当たりにした観光客が叫ぶ。
 阿蘇は9月に日本で7地域目の世界ジオパークに認定された。昨年は5地域目の世界農業遺産、そして既に80年前には4地域目の国立公園に認定されている。認定の鍵は、阿蘇火山が作った巨大なカルデラとそこに広がる草原。草原の歴史は古く、『延喜式』第28巻(西暦905年)に阿蘇の牧野に関する記述が見られることから、「千年の草原」と呼ばれている。少なくとも千年以上受け継がれてきた草原ということだ。かつて草原は、農耕や交通・運輸の手段であった牛馬を養う場であり、さらに身の回りの道具や家の材料など様々なものを人に与える場であった。草原を利用したエネルギーと物質の循環は、地産地消で有害廃棄物を出さないために、資源の乏しい日本で長い間人々の生活を支えてきた。草原は里山の一部として日本に広く存在していた。
 日本が文明国にのし上がり金持ちになった途端、草原は不要になった。その中で阿蘇では主に肉牛の飼育と景観・環境の保全のために、またボランティア活動に支えられて、辛うじて草原の半分くらいは残った。「金持ち日本」はいつまで続くだろうか。食糧も身の回りの物もエネルギーも多くを輸入に頼り、資源の枯渇もそう遠くない。夢のエネルギーであったはずの原子力利用も先が見えない。日本が急ごしらえで作ったこの文明社会は、持続可能な社会ではなかった。
 千年の草原は持続可能な社会を支えてきた。都会から来た観光客は、美しく広大な草原風景に癒されて帰っていく。ここには自然と人間の「対立」ではなく「調和」がある。千年前に戻る必要はないけれど、祖先が残してくれた千年の草原から持続可能な社会のヒントをもらおう。“日本じゃないみたい”ここは、実は日本の原風景なのである。

千年の草原